大判例

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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9781号 判決

原告

高橋茂市

ほか六名

右七名代理人

森長英三郎

被告

東武鉄道株式会社

右代表者

根津嘉一郎

右代理人

沢田喜道

草野治彦

第一主   文

一、被告は、

(一)原告高橋茂市に対し二六〇円、原告片野に対し四五〇円、原告島田に対し三五〇円、原告神山に対し六七〇円、原告高橋竹次郎に対し二六〇円及び右各金銭に対する昭和三〇年一二月二九日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金銭を、

(二)原告槇島に対し一六〇円及びうち八〇円に対する右同日から支払ずみに至るまで右同率の割合による金銭を、

(三)原告清水に対し一、〇二〇円及びうち五一〇円に対する右同日から支払ずみに至るまで右同率の割合による金銭を支払え。

二、原告槇島及び同清水その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

第二ないし第五<省略>

第六、争点の判断

〔一〕 原告高橋茂市、片野、島田、神山、及び高橋竹次郎に対する賃金カツトの方法の適否について。

原告らは、一〇月二八日を支払期とする賃金からスト中の賃金を控除したこと自体が労働基準法二四条一項に違反すると主張するので、まずその点について判断する。

一、1 およそ賃金は、労働者が提供した労務の対価として支払われるものであるから、労働者がストライキにより労務を提供していない場合には、提供されなかつた当該スト期間中の労務に対応する賃金債権そのものが発生しないと解すべきものであつて、使用者がスト期間に対応する賃金を支払わないこと自体は、何ら労働基準法二四条一項本文の賃金全額払の原則に牴触するものではなく、同条但書の「控除」にも該当しないことは、いうまでもない。

2 しかし、使用者がスト中の賃金を一旦労働者に支払つた後、右過払分を他の賃金期間の賃金から控除して決済することは、上記賃金全額払の原則に反し、同条一項但書による例外の場合に限つて許されるものというべく、この理は、毎賃金期間の賃金がその期間の途中で支払われ、あるいはストライキの時期が賃金支払日に接着している等のため、賃金計算上の不能から生じたやむを得ない賃金の過払についても、同様に解すべきものである。

二、そこで、まず、会社が実施した本件賃金カツトが、右1、2いずれの趣旨のものであるか検討してみるのに、会社の就業規則付属の給与規程(なお、労働協約中にも同旨の規定があるが、本件賃金カツト実施当時既に失効していたことについては後述)によれば、その三条に月額払賃金の計算期間は「当月一日より当月末日まで」、その支払日は「毎月二八日」と明記されているから、原告ら五名に対して会社が実施した本件賃金カツトは、昭和三〇年九月一日から三〇日の賃金期間中にストライキが行われたにも拘らず、右期間中の基準賃金からスト中の賃金を控除せずに同月二八日これを支払つた上、翌月二八日に支払うべき次の賃金期間の基準賃金から前月のスト中賃金の過払分を控除したことに帰し、労働基準法二四条一項但書の規定による場合でなければ許されないものといわなければならない。

三、そこで、本件の場合、スト中賃金の控除に関して同条一項但書の規定に該当する別段の協定が存在していたかどうかについて検討する。

1 <証拠>によれば、会社と組合との間では昭和二五年七月一一日労働協約が締結されて、同月一六日から有効期間一年の定めで実施され、以来協約九六条の定めにより毎年自動的に更新されて来たところ、昭和三〇年七月一五日の更新期間満了の一ケ月前に会社から協約改訂の提議がなされたが組合との間に妥結をみるに至らなかつたため、協約九七条の定めにより同年八月一五日をもつて、右協約は一応失効するに至つたこと、しかし会社は、同日付書面で組合に対し右失効の爾後における労働協約の取扱に関し、「所謂規範的部分は一応従来どおりとし、所謂債務的部分は解消するとの見解をとるが、組合が(中略)企業運営の能率化に誠意を以つて協力すると共に、平和裡に、本協約問題の協議に当る用意があるならば、会社は本年一一月一五日まで現行労働協約の趣旨を尊重する」旨申入れ、組合側も格別の異議なく右申入の趣旨を容認していたことが認められる。

以上によれば、本件賃金カツト当時すでに労働協約は失効していたものであるが、少くともその規範的部分(被告の採用する協約五三条、細目協定第一〇<編注・後出>は、労働組合法一六条にいう「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」を定めたものであつて、いわゆる労働協約の規範的部分に該当する。)については、協約の規定内容に従つて労使関係を処理する旨の黙示の合意が会社と組合との間に成立していたものと認められる。かように合意の内容をなす部分のみが書面(従来の労働協約書)上明らかな場合にも、なお労働基準法二四条一項但書の「書面による協定」があるといえるかどうかについては、多少疑問の余地がないわけではないが、賃金直接全額払の原則に対する例外の場合については労働者保護の観点から特に明確を期する必要があることと右規定の文理とに徴すれば、右にいう「書面による協定」とは合意自体も書面によりなされていることを要するものと解するのが相当であり、本件における前記合意をもつて同条一項但書の協定があつたものとは認め難い。

2 仮に、前記合意をもつて右但書にいう「書面による協定」の形式要件を具備するものと解する余地があるとしても、右合意の実質的内容は、以下述べるとおり。過払賃金の控除及びその時期について特段の協定をしたものとは認め難い。即ち、

(一) 労働協約九一条一号「会社は争議行為に参加したものの日時に対し賃金を支払わない。」との規定は、<証拠>及び右規定が「第十章争議」の章下における同条本文「会社及び組合は争議行為中左の事項を遵守する。」の規定をうけて、二号「安全管理者(中略)は争議行為に参加しない。」と併記されている点に徴し、使用者側の組合員に対するスト中賃金の差別支払を防止する趣旨の一種の争議協定に外ならないものと認められ、スト中の賃金過払の控除に関する規定でないことは明らかである。

(二) <証拠>によれば、労働協約「第五章給与」の章下に五三条「欠勤、遅刻、早退の日時に対しては賃金を支払わない。」同細目協定第一〇には同条の賃金差引に関して第二項「遅刻、早退による労働しない時間は、一賃金計算期間を合計して差引く。」、同第七に代日休暇の付与に関して「一賃金計算期間(前月一六日より当月一五日まで)」、給与規程に日額払賃金の計算期間を「前月一六日より当月一五日まで」と定めた各規定があり、従業員の出勤の有無を把握するための「出務表」も前月一六日から当月一五日までを一期間として仕組まれていて、欠勤等による基準賃金の差引については、右賃金計算期間に対応する欠勤等の賃金を当月二八日支払の賃金から控除する取扱が行われ、スト中の賃金の控除についても、右欠勤の場合と同様に取扱われて来たこと、会社の従業員もこれらの取扱いを当然のこととして受け入れ、組合も右取扱いに対し格別の異議もさしはさまなかつたことが認められる。

(三) 以上の認定に反する証拠は採用しない。

(四)  しかしながら、右のような事実上の慣行があつただけでは、スト中の賃金をいかなる項目の賃金について、どの賃金期間の賃金から控除するかについて組合との間に明確な合意が成立したものと認めることは困難であり、労働基準法二四条一項但書で要求される協定は、存在しなかつたものというほかはない。

3 結局、前記原告ら五名に対する本件賃金カツトは、スト中の賃金請求権の成否及びその額を論ずるまでもなく、一〇月分の基準賃金について、同条一項の全額払の義務に違背したものといわなければならない。

〔二〕 原告槇島及び清水の割増賃金及び附加金請求権の存否について。

一、争いのない事実によれば、同原告らが別表(一)の「超過勤務時間」欄記載の時間だけ正常のダイヤによる勤務時間を超えて勤務したことが明らかである。

二、これに対し会社は、同原告らの超過勤務は会社が指示命令したものではなく、組合の争議行為のため貨物列車が遅延した結果所定の勤務時間に割り当てられた仕事を完了することができなくなつたことによるものであつて、右組合の意思決定に参加した原告らの責に帰すべき事由によるものであるか、そうでないとしても当事者双方の責に帰すべからざる事由によるものであるから、会社に時間外、深夜割増賃金を支払う義務がない旨主張するので以下に検討する。

1 <証拠>によれば次のとおり認められる。

原告槇島のように駅所属の踏切警手の勤務時間は、就業規則一九条二号(従来の労働協約細目協定第四、六、(2)ロにも同旨)によつて、「初列車通過時刻の一〇分前から終列車通過時刻の一〇分後までの時間」と定められており、従つて終列車の通過が遅延すれば、その都度会社の指示命令をまつまでもなく当然に勤務時間が延長され、中途で勤務放棄することは許されないことになつている(この点は被告も自陳するところである。)。そして原告槇島は、昭和三〇年九月二七日に終列車の予定通過時刻を過ぎても同列車が通過しないので所轄信号所へ問い合わせたところ、同列車は運休せず遅延するだけであるということであつたので待機し、終列車通過時刻の一〇分後まで勤務した。

次に原告清水のような機関士は、所定の乗務行路表によつて乗務を割り当てられた列車については運休の指示がない限り、いかに遅延しても目的地まで運転しなければならないことになつている(この点も被告の自陳するところである。)。そして同原告は、同月二七日に乗務を割り当てられていた列車について運休その他特別の指示命令がなかつたので、通常の勤務の場合と同様に最終の担当列車まで運転した。

他方前記争いのない事実によれば、本来ならば所定の勤務時間内に予定の仕事を完了する筈のものを、同原告らが右のとおり超過勤務によつて完了するに至つたのは、組合が行つた本件争議行為の結果であることを窺うに難くない。

2 以上の認定を左右する証拠はない。

3 右事実によれば、同原告らの右超過勤務は組合の争議行為の余儀なき結果としてなされたものであるが、会社が定めた勤務割のもとで、その指揮命令下にあつてなされたものということができるが、このような場合、会社に時間外、深夜割場賃金を支払う義務があるかどうかについては、次のとおり考える。

(一)  部分ストがスト不参加者の作業の実効の低下を意識して行われる組合の争議行為であり、その意味においてスト不参加者が使用者の指揮下に就労すること自体が組合の団体的な行動の一環としての性質を有することは否定できないけれども、その結果として個々の労働者が賃金請求権を喪失するかどうかは、当該労働者の労務提供の具体的態様に即して考えられる個別の労働契約上の問題であつて、単に当該労働者が組合の意思決定に参加し部分ストを容認している故をもつて、賃金喪失をもたらす帰責事由があるということはできない。

(二) 個別の労働契約上の観点からすれば、上記原告らは平常どおり所定の業務に就労し、会社の指揮命令下に入つてその就業規律に従い超過勤務を完遂したものであるから、労働契約における債務の本旨に従つた履行があつたものというに妨げがない。

(三) 尤も、右のように労務を提供したスト不参加者に対して使用者が賃金支払を拒否する途がないとすれば、部分ストが使用者の対抗手段を欠く争議戦術であるという労働法上の観点から、前述の個人法理に修正を加える余地もないではないが、使用者はロツクアウトの対抗手段によつてスト不参加者に対する賃金支払を拒否できるものと解される。被告が主張するように会社の営業が公益事業であるため、或は職場が広大なためロツクアウトが困難であるとしても、単なる事実上の程度の問題であつて、特に考慮に値しない。

三、以上によれば会社は同原告らに対し右超過勤務の時間に対応する時間外、深夜割増賃金を支払うべき義務があるところ、<証拠>によれば、会社の容業規則三三条、三四条には、会社が従業員を所定の勤務時間を超えて労働させたとき又は午後一〇時から翌日午前五時までの間に労働させたときは時間外勤務手当又は深夜割増賃金としてそれぞれ通常の労働時間に対する賃金の外その二割五分に相当する金額を支払う旨定められていることが認められ、前記争いない事実によれば、同原告らの超過勤務がいずれも就業規則の定める一日の所定労働時間を超えかつ午後一〇時から翌日午前五時までの間におけるものであるから、同原告らは右規定に基き会社に対し時間外深夜割増賃金請求権を有するものというべきところ就業規則及び附属給与規程の定めるところによつて計算した前記争いのない計算結果によれば、同原告らに支払われるべき時間外、深夜割増手当の額は、別表(一)の同原告らの「基準外賃金不払額」欄記載の各金額となる。

なお、労基法三七条一項の規定に違反してこれを支払わなかつた会社に対し、同原告らの請求により、これと同一金額の附加金の支払を命ずべきものである。

〔三〕 結論

以上の次第であるから、被告は、昭和三〇年一〇月分の基準賃金残額として、原告高橋茂市、同片野、同島田、同神山、同高橋竹次郎に対しそれぞれ別表(一)の各原告「不払額」欄記載の金額、同年九月二七日、二八日の超過勤務割増賃金として、同槇島、清水に対しそれぞれ別表(一)の各原告「基準外賃金不払額」欄記載の金額及びこれに対する弁済期後であることの明らかな昭和三〇年一二月一九日から支払ずみまで商法所定年六分の遅延損害金を、さらに同槇島、同清水に対しては附加金としてそれぞれ八〇円、五一〇円を支払う義務がある。しかし、附加金の支払義務は、労動者の請求により裁判所がその支払を命ずることによつて始めて発生すると解すべきものであるから、原告槇島、同清水の請求中右附加金に対する遅延損金の支払を求める部分は失当である。

よつて、原告らの本訴請求は、原告槇島、同清水の附加金に対する遅延損害金を棄却するほか、すべてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言を付することは相当でないと認め、主文のとおり判決する。(橘喬 高山晨 田中康久)

<別表省略>

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